坂井牧師の「牧会通信」
No91-100
毎週の週報に掲載されているミニコラムです。日々の生活や、教会の内外の皆様との交流の中で感じたことや、目指すべき教会像などなど、牧師の心にあることを皆さんにお伝えしています。
No.91 (2022年11月13日)
愛餐=アガペーについて②
古来より「アガペー=愛餐」と呼ばれる、共同の食事の交わりの重要性について、前回から考えています。初代のキリスト者たちは、毎週主の日の夕方に、それぞれの労働を終えて集まって、共同の食事をしたようです。それは今日の聖礼典としての「聖餐」のルーツでもありますが、古代の教会においては聖餐と愛餐は必ずしも厳密に区別されてはおらず、むしろ互いに深く結びついていたと考えられています。両者はいずれも、信仰者同士の交わりと復活の主との霊的な交わりにおいて一つの共同体を形成するということに強調点が置かれた実践でした。そしてアガペーでは同時に、困窮者、わけても夫を亡くした婦人たちへの援助が行われていたところに特色がありました。アガペーという語がそのために用いられたのは、人間的なエロスやフィリアの愛ではなく、神中心の信仰者の愛を成長させる機会と場として愛餐が理解され、 目指されていたことを示すためであったと思われます。
(日基教団出版局「キリスト教礼拝・礼拝学事典」【愛餐、アガペー】より)
No.92 (2022年11月20日)
定期大会の報告
皆様にお祈りいただき、無事に定期大会を終えることができました。今回から日程も三日間に戻り、コロナ禍の混乱からようやく通常通りの大会運営に回復してきました。様々な協議がなされましたが、湘南恩寵教会に関連することでは、豊川慎長老が神戸改革派神学校理事に選出されました。また豊川長老が主筆を担当する「平和の 宣言」について懇談がなされました。特に印象的だったのは、今年は南アフリカの ミッションジャパンとの宣教協力50周年で、お二人のゲストのご挨拶と私たちからの感謝を交わし合うセレモニーが持たれたことです。また、70周年以後の課題検討の 懇談会がなされ、教会の縮小や教師数の減少への対策に、知恵と祈りを集めました。
No.93 (2022年11月27日)
「献金」についての教え⑤
今年定期的にお伝えしてきました献金についての教え。入会志願者にお伝えする「献金の心得」の3つ目は、「気前よく」です。何もできない私たちにも、主は気前よく救いを分け与えてくださいます(マタイ20:15)。だから私たちは、主の御用のために気前よくおささげしたい。神様は、気前よくささげる者には、ささげた以上の祝福を必ず与えてくださいます。特に、Ⅱコリント9章全体の教えは重要です。貧しいエルサレム教会への支援の献金を求めるに際して、「各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです(7節)」と、惜しまず差し出すことの恵みをパウロは教えています。
No.94 (2022年12月4日)
先主日の礼拝後の下半期報告会はとても祝福されました。特に、来年の活動計画を共有し、みなで知恵を出して、祈りを集めることができたことが幸いでした。ああして楽しく語り合えること自体が大きな祝福ですね。来年は、リフォームしてきれいになった会堂に人をお招きするために、ウィークデーの集会を企画したり、宣伝活動に力を入れる一年にしたいと願っています。「あ、こんなところに教会があった!」と街の皆さんに気付いていただけるように。特に、ネットを用いての宣伝の工夫ということで、色んな意見が出て盛り上がりました。みんなでダンスをしている動画をTikTokに投稿してみては!?などのユニークなアイデアも。早速、杉崎悠子姉がダンスの振り付けを考えてくださっていますので、ぜひ皆さんでチャレンジしましょう。
No.95 (2022年12月11日)
先の下半期報告会でも分かち合いましたが、茅ヶ崎市で行われている認知症カフェとの連携を模索しています。そこで先日、「幸町オレンジカフェ」に牧師夫妻と下田・高橋執事でお邪魔し、様子を伺ってきました。まだこちらのカフェの営み自体も始まったばかりで、参加者は少数ですが、主催の方々がボランティアで福祉活動に励んでおられる姿に大変感銘を受けました。神様を知らない方々ですが、キリスト者が果たすべき愛の業の模範を示していただいたようで、本当に頭が下がります。行政の方々の協力もいただきながら、子ども食堂も定期的に開催しておられます。今後のカフェのために、ぜひ会堂を利用させていただきたいとのお申し出もいただいています。様々な形で協力させていただきながら、地域に人脈ができることを願っています。
No.96 (2022年12月18日)
ローマ書の連続講解を終えて
2020年4月の赴任以来、2年半にわたって継続してきましたローマ書の連続講解説教が本日で最終回となります。いつか取り組まねばと思いながら、怖気づいて躊躇していたものでしたが、心機一転で湘南恩寵教会の皆さんと共に取り組むことができましたことを感謝します。開始する時に長老方と話し合ったことを思い出します。傷を 負った群れを牧するに際してやらねばならないことはたくさんあると思うが、まずはゆっくりしっかり丁寧にローマ書の連続講解をして福音の神髄を分かち合い、御言葉から赦しといやしを、そして力と勇気と希望をいただこうと思いを定めたものでした。
皆さんにとってこの2年半の説教はどういう意味を持ったでしょう。私は恵みでした。
No.97 (2022年12月25日)
2022年の感謝
今年最後の礼拝となりました。コロナ禍が続く中にもかかわらず、私自身の体調がずっと守られて、教会としても一年間滞りなく礼拝をささげることができましたことに深い感謝を覚えます。改めて振り返ってみると、今年は盛沢山の一年でした。春には二回のゴスペルライブを含む「Open Church Days」があり、秋には伝道開始30周年記念礼拝・講演会で芦田高之先生をお招きすることもできました。そして、会堂のリフォーム工事がありました。これは会堂を広く宣教と愛の業に用いていただくための工事でしたが、早速、茅ヶ崎市のオレンジカフェとのコラボなど、来年に向けての動きが始まっているのが楽しみです。牧師として何よりうれしいのは、「教会のために自分にも何かできることはないか」と心燃やされておられる声を、何人かの方から最近伺ったことです。力の足りない牧師で申し訳ありませんが、共に歩んでくださって感謝します。
No.98 (2022年1月1日)
レモンの実がなりますように
新年明けましておめでとうございます。それぞれ年末年始、ゆっくりとした時間が与えられて、心身の休息がありますようにと祈っています。私は余暇は、ふだんできない庭遊びに興じます。バラなどの冬剪定を終えて、現在のお庭は、きれいに散髪してもらったみたいにさっぱりしてますが、4月には一面の花模様となることでしょう。庭は三年目からが素晴らしいのですが、教会の小さいお庭もいよいよ今年で三年目の春です。期待していただいていいと思います。私が特に期待しているのはレモンの実がなることです。昨年はまだ株が充実しておらず、春先の突風によってすべて花を落としてしまい、ひとつも実がなりませんでした。でも、小さな苗木だったレモンも三年目。株が大きくなり、今年こそ実がなってほしいと願っています。荒地だった庭が三年でここまで整えられ、花が咲き実がなることを感謝します。 教会もまた三年でずいぶん整えていただきました。今年の歩みに期待しましょう。
No.99 (2023年1月8日)
愛する医者ルカ
今日からルカ福音書の連続講解がスタートです。著者であるとされるルカという人は、パウロの同労者として非常に重宝されていた人で、「愛する医者ルカ(コロサイ4:14)」と紹介されています。インテリのギリシャ人でした。とはいえ、12使徒に数えられることもない目立たない人物なのですが、この人の残した証しの記録が、聖霊に導かれた神の言葉として非常に古くから認められ、正典に組み込まれました。偽典としてペトロ福音書やトマス福音書といった12使徒の名を冠した福音書もあったのに、それらの名声よりも、内容の素晴らしさや福音としての力をもったルカの書物こそがまさしく神の言葉だと、先人たちは正しく受け取ったのです。
No.100 (2023年1月15日)
ルカ福音書の著者
ルカ福音書と使徒言行録はセットです。これらの著者はルカであるとは2世紀末 から証言されていることですが、厳密には著者不明です。しかし、この福音書は テオフィロという具体的人物に献呈するという目的で書かれたものであり、テオフィロは著者が誰であるかを明確に知った上でこれを広く流布したものと思われますから、ルカ著者説はかなり信用が置けます。異邦人キリスト者であるルカが、同じように旧約聖書を知らない異邦人のために書いたと言われてきましたが、最近ではこのルカという人は多分、ギリシャ人だけどもユダヤ教徒になった「神を畏れる人」の一人であっただろうと言われます。ルカ福音書や使徒言行録はとてもユダヤ的で、特に文章の書き方が、旧約聖書に精通している人の書き方と思われます。